大阪高等裁判所 昭和52年(ネ)2166号 判決 1981年1月30日
控訴人
中西義和
右訴訟代理人
中村信逸
外二名
被控訴人
株式会社大阪相互銀行
右代表者
廿千松二
右訴訟代理人
松田光治
松田定周
主文
一 原判決を次のとおり変更する。
(1) 被控訴人は、控訴人に対し、金四四万八五六四円及びこれに対する昭和四九年一二月一日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
(2) 控訴人のその余の請求を棄却する。
二 訴訟費用は、第一、二審を通じてこれを五分し、その一を被控訴人の、その余を控訴人の各負担とする。
三 この判決は、第一項の(1)につき仮に執行することができる。
事実《省略》
理由
一〜三<省略>
四進んで、被控訴人の法定相殺の主張について検討する。
<中略>
2 昭和四八年五月一日当時、控訴人が、被控訴人に対し、本件貸付金の残債務金二二六万三一二一円(合意相殺により消滅しなかつた債務相当額)について連帯保証債務を負担していたこと、同日、その主債務者が期限の利益を放棄したことにより、右連帯保証債務の弁済期が到来したことは、当事者間に争いがない。
ところで、前認定事実によれば、右の本件貸付金残債権は商行為による債権であることが認められるから、右認定の弁済期である昭和四八年五月一日から満五年を経過した昭和五三年五月一日をもつて消滅時効が完成すべきところ、被控訴人は、訴訟告知による時効中断の主張をするので、この点について検討する。
本件記録によれば、本訴の原審の係属中、被控訴人の訴訟代理人から昭和五一年一月一三日付で被控訴人を告知人、和夫及び潔を被告知人とする訴訟告知書が受訴裁判所に提出されたこと、右告知書には、告知の理由として、「被控訴人は、控訴人から本件各定期預金の払戻しを求める訴訟を提起されているが、被控訴人は、右預金払戻債務と、照子及び被告知人らが被控訴人に対し負担している本件貸付金の連帯債務とを合意相殺したと主張しているものであり、右主張が容れられず被控訴人が敗訴するときは、被告知人らに対し、右債務の履行を請求しうるから、訴訟告知をする。」旨が記載されていること、右告知書は、和夫に対し同年一月一五日、潔に対し同月一六日それぞれ送達されたことが明らかである。ところで、訴訟告知は、それ自体としては、当事者から第三者たる利害関係人に対し訴訟係属の事実を民訴法七七条所定の方式によつて通知する訴訟法上の行為であるが、訴訟告知に実体法上の時効中断の効力を認めている手形法八六条、小切手法七三条の適用がない一般の場合に、これと同様に解すべき根拠は見い出し難い。しかしながら、訴訟告知書中に、告知者が被告知者に対し債務の履行を請求する意思が表明されている場合には、民法一五三条所定の催告の効果があるものと認めるのが相当であり、このような訴訟告知がされた場合には、当該訴訟の係属している間は、催告の効果が継続しているものと考えて、右訴訟の終了した時から六か月の時点までに裁判上の請求などの強力な中断事由に訴えれば、時効中断の効力は維持されるものと解されるが、右中断事由の補強を欠くときは、最終的に時効中断の効力は生じないというべきである。これを本件についてみるに、和夫及び潔に対して送達された訴訟告知書中には、本件貸付金の連帯債務の履行を請求する意思が表明されていたのであるから、本訴係属中は、催告の効果が継続しているものと認めることができるけれども、右訴訟告知の時から現在に至るまでの間に、控訴人が和夫及び潔に対し裁判上の請求などの強力な中断事由に訴えたことを認めるに足りる証拠はなく、また本訴終了後六か月内に右の措置が取られるはずであるとの将来の不確定な事実を確定することはもとより不可能である。そうすると、本件貸付金に対する和夫及び潔の債務についての消滅時効中断の効力を認めるに由なきものというほかなく、また右中断の効力を前提とする被控訴人主張にかかる照子の債務についての消滅時効中断の効果も認められないことに帰する。それゆえ被控訴人の時効中断の主張は採用できず、本件貸付金の残債権金二二六万三一二一円については、昭和五三年五月一日の経過により消滅時効が完成したものというべきであり、控訴人は、右貸付の連帯保証人として、本訴において右消滅時効を援用しているところ、連帯保証人が主たる債務の消滅時効の直接の当事者としてこれについて援用権を有することは明らかであるから、被控訴人が自働債権として主張する連帯保証債権はその附従性により消滅したといわざるをえない。
3 ところで、被控訴人は、民法五〇八条に従つて有効に法定相殺をなしうる旨主張するので考えるに、右のように債権者の主債務者に対する債権が消滅時効にかかつた場合であつても、債権者の連帯保証人に対する債権と連帯保証人の有する反対債権とが相殺適状にあるときは、債権者は、民法五〇八条に従い、相殺をすることができるものと解するのが相当である(大審院昭和八年一月三一日判決・民集一二巻二号八三頁参照)。もつとも、右解釈について、控訴人は、民法五〇八条の適用はない旨主張するところ、連帯保証人に対する債権の消滅は保証債務の附従性の結果であつて時効の直接の効果でないこと、このような場合債権者に民法五〇八条の保護を与えることは連帯保証人の予期に反し不公平であり、またその時効の抗弁権を喪失させる結果を招来すること、主債務者の時効の利益を連帯保証人の有する求償権によつて実質的に奪い去る結果となつて不当であることなどを理由に、右主張と同趣旨の見解もある。しかしながら、民法五〇八条の立法趣旨は、対立する両債権の当事者が相殺適状にあるときは、通常、特にその旨の意思表示をしなくとも、当然に清算されたものと考えられているからこの信頼を保護しようとするにあるところ、債権者と連帯保証人との間において相殺適状の債権が対立している場合には、債権者の主債務者に対する債権も含め、右のように当然に清算されたものとの考えを持つのが通常で、この信頼を保護することも取引通念にかなうものと認められる。またこのような相殺を肯認した場合、権利の上に眠る債権者が保護される一方で、連帯保証人が自己の出捐により主債務を消滅させた者として主債務者に対し求償権を有する結果、主債務者の時効の利益を奪うこととなつても、民法五〇八条の解釈論として不当であるとまではいえない。したがつて、控訴人の右主張は採用できない。
そこで、相殺適状の存否について検討するに、前認定のとおり、本件(イ)定期預金はいわゆる正式担保として、本件(ロ)定期預金はいわゆる見合担保として被控訴銀行に差し入れられ、自動継続の手続が取られていたところ、右各預金は、金額、利率、預入期間及び預金名義人は従前どおりとして元加式から利払式に書替えられたうえ、いずれも改めていわゆる正式担保とされ、期間利息の払戻しもされたのであるが、前記二、三の認定及び判断によれば、右書替えは控訴人に対してその効果を生ずるに由なく、また期間利息の支払については、その前提となる届出印の改印について被控訴銀行に過失が認められる以上、被控訴銀行が和夫ないし常造に弁済受領権限があると信じたとしても、債権の準占有者に対する弁済として有効となる余地はないというべきである。そうすると、控訴人の本件各定期預金債権については、右書替え及びその後の利息の払戻しの効果を度外視すべく、また約定利率の変動を認めるに足りる証拠もないので、当初預け入れ時の約定に従い、利息年五分、預人期間六か月の元加式自動継続定期預金として存続したものと認めるを相当とする。
そして、銀行が自行定期預金をいわゆる正式担保若しくは見合担保として貸付を行つた場合、貸付金債権の弁済期が到来しているときは、定期預金の満期日が未到来であつても、銀行は、期限までの利息を付して定期預金払戻債務の期限の利益を放棄し、相殺適状を生ぜしめて相殺することができ、このことは、右預金に自動継続の約定があつても理を異にしないところ、本件貸付金の連帯保証人たる控訴人に対する被控訴銀行の債権の弁済期が昭和四八年五月一日に到来したことは前判示のとおりであり、また前記認定によれば、本件各定期預金は、前記書替え手続の前後を通じ、担保預金としての実質的同一性を失わないものと認められるから、前同日、被控訴銀行は、別紙計算書によつて明らかな右同日の属する預入期間の終期(本件(イ)定期預金につき昭和四八年七月二日、本件(ロ)定期預金につき同年一〇月一三日)までの本件各定期預金の元利合計金二七一万一六八五円の払戻債務について期限の利益を放棄し、相殺適状を生じたものと認めるのが相当である。右預金利息の具体的な計算方法につき、これを定めた定期預金規定の約定等について格別の主張・立証はなく、前掲乙第五号証をもつてしても、この点を確認するに由ないので、各預入日の元金に対する同日から六か月の応当日である各満期日の前日まで約定年五分の割合による期間利息を計算し、これを従前の元金に組入れて新元金としたうえ、右同様の計算方法を繰り返して、右元利合計額を算出したものである(ただし税金については考慮外とする。なお、金融機関の受け入れる定期預金の期間計算については、民法一四〇条の規定と異なり、初日たる預入日を算入するとの商慣習が行われていることは、当裁判所に顕著な事実であり、弁論の全趣旨及び前記一、二の認定事実によれば、当事者双方は右慣習による意思を有していたものと認められる。)。
4 被控訴人が昭和五四年一一月二一日当審第一一回口頭弁論期日において、本件貸付残金についての連帯保証債権と、本件各定期預金の払戻債権とを対当額で相殺する旨の意思表示をしたことは訴訟上明らかであるから、受働債権たる本件各定期預金払戻債務は、相殺適状時の昭和四八年五月一日当時において差引計算すると、その残額が金四四万八五六四円となることが計算上明らかである。そうすると、被控訴人は、控訴人に対し、金四四万八五六四円及びこれに対する前記期限の利益の喪失によつて到来した期限の後であることが明らかな昭和四九年一二月一日から支払済みに至るまで商業法定利率年六分の範囲内である控訴人主張の年五分の割合による遅延損害金の支払義務があるものというべきである。
(村瀬泰三 高田政彦 篠原勝美)
別紙計算書<省略>